会計士ならではの自由を謳歌する

コロナ禍の影響を受け、働き方に大きな変革期が訪れている。公認会計士の働き方にも大きな変化のうねりが起こっていると言って良いだろう。テレワークなどの働く場所の変化のみならず、社外取締役などのポストの掛け持ちなど、公認会計士ならではの働き方の多様さにも目をみはるものがある。しかし、内山さんはコロナ禍が始まる遥か前から、自分らしい生き方、働き方をもとめてキャリアを積んでいた。彼の考えはきっとコロナ禍を経た日本のキャリア観にも通じるものがあるのではないだろうか。
プロフィール
内山晃―(仮名)50代男性 公認会計士・公認システム監査人
大阪府内の大学を卒業後、1998年に公認会計士第2次試験に合格。大手監査法人で財務諸表監査、システム監査等の業務に従事したのち、監査法人の地方事務所へと転職。現在は独立し、地域の中小企業に対するコンサルティングや税務業務を提供している。
何の疑問も抱かず大手監査法人へ
眞山:内山さんは今は独立して会計事務所を経営されていますが、もともとは大手監査法人を渡り歩いていらっしゃったのですよね?
内山:おっしゃる通りです。もともと関西の出身なので、大手監査法人の大阪のオフィスに就職しました。聞けば誰でも知っているような有名企業の監査をさせていただいていたのですが、当時の会計士の中ではシステムにも精通しているほうだったので、そのころ萌芽期でもあったIT監査などの仕事も手掛けていました。
眞山:キャリアのスタート地点として大手監査法人を選ばれたのは、どういった理由からだったのでしょう?
内山:正直、たいして考えてなかったですね。今はBig4に集約されていますが当時はまだBig8と呼ばれていた時代で、国内に限っても大手監査法人といえば、トーマツは別としても、太田昭和だとか中央青山だとか、今とは違うネーミングのファームが多かったのです。ともあれそういった大手の監査法人に入るのがとにかく「当たり前」とされていた時代でしたし、その中で自分の肌に合いそうなところを、何となく選んで入所した、というのが実情です。
眞山:内山さんの話が面白くなるのはここからだと思うのですが…そこからどのようないきさつで、次の職場を選ばれたのかを教えてください。
内山:あくまで私個人の印象でしかないですが、関西圏の会計士って、東京の人たち以上にブランド意識が強かったのです。ブランド物の時計とかも、東京よりもさらに高価格帯のものを身に付けて自慢する。経済の中心地である大阪だからこそ違和感はあまりないのかもしれませんが、私自身はそういう空気には馴染めなかった。そんな中で、自分らしく生きるにはどうしようかな…と考えたときに、思い切って山奥の広い土地を買って、そこに家を建ててゆっくり暮らしたいと思うようになっていたのです。
いっぽうで、仕事は決して嫌いではありませんでした。ただ、大都市圏ならではの忙しい日々には少し飽いていた部分があり、別の大手監査法人の地方事務所のポストを探すことにしたところ、うってつけの事務所に出会えたのでそこに転職しました。公認会計士のすごいところって、そういうことが実現できちゃうところだと思っています。
LOHASを求めて郊外へ
眞山:どんな家に住まれているのですか?
内山:最初は妻と2人で普通のマンション暮らしでしたが、週末が来るたびに周囲の不動産屋を回って、広々とした山でありながら上下水道が確保できていて、車を使えば通勤も問題なくできるようなエリアを探し求めていました。
土地を購入した後は意外と手こずりました。隣地との境界線を話し合ったり、家を建てても大丈夫な程度の地盤改良をしたり、なかなか住宅を建てるところまで話が進まなくて、そのころは仕事でもイライラが止まりませんでした(笑)。
でも最終的に家が出来上がった時はめちゃくちゃ嬉しかったです。家庭菜園的なこともしたり、あるいは薪割りをして暖炉を使ったりといったLOHAS、今風に言えばSDGsにも沿ったような暮らしを実現できていたので、仕事のストレスも日々きれいさっぱり流されていくような思いでした。
眞山:ちなみに、坪数とか訊いて良いですか?
内山:えー(笑)。はっきり言うのはちょっと気が引けるのですが、都心では到底考えられないような数字です。土地の値段もまったく都会と違いますからね。
眞山:さらに突っ込んだ質問で申し訳ないですが、お金はどう工面したんですか?
内山:金額的には東京近郊で普通の大きさの宅地を買うのと大して変わりませんでしたので、普通にローンを組みました。公認会計士としてキャリアを積んでいることもあり、ローンを組むこと自体はまったく困りませんでした。
眞山:ちなみに、そのころの仕事の内容にはどんな変化があったのでしょうか?
内山:内容的な変化はあまりないですが、地方の知られざる優良企業の監査は純粋にとても楽しいと思っていました。当時すでにマネージャーとして転職していたこともあり、人材育成的な役割も担っていましたが、東京や大阪でキャリアを積んでいる会計士よりものびのび仕事ができている彼らを見て、ちょっとうらやましいと思ったこともあります。
いっぽうで、当初の想像と違っていたのが、出張の多さですね。地方企業も、ある程度の規模になると東京をはじめとした都市圏に支店があったり、子会社を国内の津々浦々に持っていたり、ということが多かったですし、中にはグローバルカンパニーもあったので海外に行くこともありました。もっともそれ自体は苦になったわけではなく、山に囲まれたのんびりした暮らしと、都会での仕事というバランスを達成できていたという意味で、個人的にはとても嬉しい環境でした。
独立を経て、さらなる自由を手にする
眞山:その後内山さんは監査法人を退職されて、そのエリアで会計事務所を開設するわけですが、今はどういったお仕事をしているのでしょうか?
内山:いわゆる「ITが分かる会計士」の地方版と言ってしまうと分かりやすいと思います。働き方改革だの、DXだの、次々と上がってくる経営課題について、時には会計や税務の知識を動員して、また時にはITを用いたソリューションを提案することでクライアントに貢献しています。
クライアントを見つけるのには最初のうちは苦労しましたが、私のライフスタイルを知った経営者の方が色々な会社を紹介してくれるようになってから、軌道に乗ってきました。
眞山:内山さんのような境遇って、率直にものすごく羨ましいと思う人がたくさんいると思うのですが。
内山:そうですか(笑)。確かに自分のかなえたいことを現実にできたという意味で僕は恵まれていると思います。一つ言えるのは、それを実現した僕は、会計士の中ではごくごく平均的な存在だったということです。ほとんどの人は、自分のやりたいことに対してやらない理由を作りたがるけど、少なくとも公認会計士という資格を持っている人にとっては、その「やらない理由」って理由として成立していないというか、結局やる勇気がないだけなんじゃないのかな…と。
今は若い会計士の方も割と自由にキャリアを形成していると聞いていますし、私のようなオジサンが敢えて何も言わなくても良いとは思いますが、せっかく会計士になったのであれば、のびのび楽しくやりたいことに熱中してくれたら、と思います。
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